千葉地方裁判所 昭和46年(行ク)1号 決定 1971年2月21日
申立人 戸村一作 外一二二名
被申立人 千葉県知事
訴訟代理人 木村博典 外七名
主文
本件申立をいずれも却下する。
申立費用は申立人らの負担とする。
理由
第一、申立人らの本件申立の趣旨及び理由は、別紙「執行停止申立書」(その引用する特定公共事業認定処分に対する異議申立書の一部を含む。)記載のとおりであり、これに対する被申立人の意見は、別紙「意見書」及び「補充意見書」記載のとおりである。
第二、当裁判所の判断
一、別紙申立入目録(一)記載の申立人ら(以下、(一)の申立人らという。)の申立について
(一)1.本件疎明資料によると、政府が昭和四一年七月四日新東京国際空港(以下新空港という。)の設置位置を千葉県成田市三里塚を中心とする地区に決定して以来、起業者たる新東京国際空港公団(以下、公団という。)は、新空港用地約一、〇六五ヘクタールのなかで買収を必要とする民有地約六七〇ヘクタールについて買収交渉を重ねた結果、昭和四四年八月三一日までに約五〇三ヘクタール(七五・一パーセント)の民有地の買収を終えたが、残余の民有地については、新空港の建設に反対する人々によつて結成された、いわゆる三里塚芝山連合空港反対同盟(以下、反対同盟という。)による組織的な反対運動などもあつて、任意の買収が極めて困難な情勢に立ち至つたこと、そこで、公団は、新空港建設事業遂行のため、同年一二月一六日建設大臣から事業認定を受け、次いで、昭和四五年三月三日千葉県収用委員会に対し、別紙土地目録記載の土地(以下、本件各土地という。)について裁決申請及び明渡裁決の申立を行なつたこと、同委員会が同年一二月二六日権利取得の時期及び明渡の期限をいずれも昭和四六年一月三一日とする権利取得裁決及び明渡裁決をしたので、公団は同年一月二八日(一)の申立人らを含む本件各土地の共有者及び関係人(以下、両者あわせて土地共有者らという。)に対する補償金の払渡又は供託を完了したが、土地共有者らは明渡期限の同月三一日を経過しても、本件各土地の引渡及び地上物件の移転義務を履行しなかつたこと、そのため、公団は同年二月一日被申立人に対し、土地収用法一〇二条の二第二項に基づき土地引渡及び物件移転の代執行を請求したこと、被申立人は同月二日行政執行法三条一項に基づき、土地共有者らに対し戒告書をもつて、当該各土地上の物件を同月一二日までに必ず移転すること、もしその期限までに履行しないときは代執行を行なう旨の戒告(以下、本件戒告という。)をなし、右戒告書は遅くとも同月六日までに土地共有者らに到達したことが認められる。
2.(一)の申立人らが当裁判所に本件戒告処分取消の訴を提起していることは、当裁判所に顕著な事実である。
(二) そこで、(一)の申立人らに本件戒告に続く代執行手続の続行によつて生ずる回復困難な損害を避けるため緊急の必要があるかどうかについて検討する。
1.本件<証拠省略>によると、本件各土地は、反対同盟が新空港の位置決定直後の昭和四一年八月から同年一二月までの間に、公団による用地取得手続を錯雑困難ならしめる目的をもつて展開したいわゆる一坪運動の土地であり、このうち別紙土地目録記載1の土地(以下、1の土地という。他の土地についても同じ名称を用いる。)については、別紙申立人目録(一)記載の1ないし8の申立人以下、1の申立人、2の申立人という。他の申立人についても同じ名称を用いる。)を含む二〇名、2の土地については9ないし14の申立人を含む二〇名、3の土地については15の申立人を含む一八名、4の土地については16、17の申立人を含む一一名、5の土地については18、19の申立人を含む一二名、6の土地については20ないし25の申立人を含む二五名の共有とする登記手続がそれぞれなされたこと、本件土地の現況、実測地積は別紙土地目録記載のとおり原野又は山林で、極めて狭隘であること、1ないし4の土地は水田と山林を区画する水路沿いの斜面に位置する刈上地であるが、付近の水田は公団が新空港用地としてすでに買収しており、また、5の土地は谷地田の先端にある窪地、6の土地は農道に隣接する平垣地であつて、各土地とも多数の共有者が肥料、燃料用の薪、ソダ、干草などを採取できるような土地でないこと、本件戒告の対象となつた地上物件の主要な部分を占める立木は、1の土地上に松一本(樹令五年)、柿一本(同四年)、雑木一六本、2の土地に杉一本(同五年)、松四本(同一〇年ないし一二年)、雑木一三本、3の土地上に松二本(同一〇年と伐採期到来のもの)、杉一本(同一〇年)、雑木三一本、4の土地上に雑木一〇本、5の土地上に松一本(伐採期到来)、杉五九本(同三年ないし一一年)、雑木三四本、6の土地上に松一本(伐採期到来)、柿二本(同二八年)、栗五本(同四年ないし九))、雑木一五本がそれぞれ存在するに過ぎないこと(ただし、4、6の土地上の立木は最近に至りほとんど伐採されている。)2ないし6の土地には昭和四六年一月以降反対同盟の手により、本件代執行手続を妨げるためと考えられる柵、地下壕(横穴、立穴)、小屋、櫓などが次々に構築されていること、代執行が実施されると、本件各土地は、地上の立木を伐採し工作物を徹去した後、新空港の当初における工事実施計画上同年三月三、一〇日までに完成を予定されていた第一期工事(長さ四、〇〇〇メートル、幅六〇メートルのA肯走路及びこれにめらる諸施設の建設事業)の用地となることがそれぞれ認められる。
以上認定の事実によると、(一)の申立人らは本件戒告に続く代執行手続の続行によつて若干の損害を蒙るものということができるが、本件<証拠省略>によつて認める新空港建設事業の公共性、緊急性並びに本件各土地が新空港の第一期工事遂行上必要不可欠のものであることに鑑みると、右損害は社会通念上金銭賠償によつて満足すべきものといわざるを得ない。
2.本件申立人らは、この点について、本件戒告に続く代執行手続の続行により北総地帯における農業と農民の生活が破壊され(申立の理由二の(一))、代執行の違法な実施により農民の生命、身体に危害が発生し(同二の(二))、回復困難な損害を生ずると主張する。しかしながら、右のごとき損害は、本件代執行手続の続行によつて生ずる回復困難な「損害」には含まれないと解されるのみならず、右主張事実を疎明すべき資料もない。また、代執行の違法な実施によつて生ずるかも知れない損害の救済は執行停止制度の目的とするところではない。したがつて、右主張は失当である。
3.そうすると、(一)の申立人らについては、本件戒告に続く代執行手続の続行によつて回復困難な損害を生ずるものとはいえない。
二、別紙中立入目録(二)記載の申立人ら(以下、(二)の申立人らという。)の申立について
本件<証拠省略>によると、(二)の申立人らはいずれも本件各土地の共有者ではなく、本件戒告の相手方でもないことが認められるから、右申立入らは(一)の申立人らに対してなされた本件戒告に続く代執行手続の続行の停止を求めているものと解される。しかして、本件疎明資料によれば、(二)の申立人らは本件土地のうち少くとも一筆の土地について、当該各土地の共有者との間に無償貸借契約確認証(疎乙第五六号証の一ないし六)をとり交わしていること、右契約は本件各土地において肥料、燃料用の薪、ソダ、干草を採取することを内容とするものであることが認められるが、右契約の効力、右申立人らに本件申立をなす法律上の利益があるかどうかについては当事者間に争いがあるかどうかについては当事者間に争いがある。しかしながら、(一)の申立に対する判断において説示したとおり、本件各土地は右契約の内容を実現するのに適した土地ではなく、実際上もそのような目的のために利用されていたわけではないから、(二)の申立人らに本件戒告に続く代執行手続によつて回復困難な損害が生ずるとは到底考えられず、右申立人らの本件申立はいずれにしても理由がない。
三、別紙申立人目録(三)記載の申立人ら(以下、(三)の申立人らという。)の申立について
本件疎明資料によると、(三)の申立人らはいずれも本件各土地の共有者ではなく、本件戒告の相手方でもないことが認められるから、右申立人らも(二)の申立人らと同様(一)の申立人らに対してなされた本件戒告に続く代執行手続の執行の停止を求めているものと解される。しかしながら、本件<証拠省略>によるも、(三)の申立人らが本件戒告処分の取消を求め、さらに本件申立をなす法律上の利益を有するものとは認められないから、右申立人らの本件申立は不適法というべきである。
四、以上の次第で、申立人らの本件申立はその余の点について判断するまでもなくすべて失当であるから、これを却下することとし、申立費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 渡辺桂二 川口春利 勝又護郎)
別紙執行停止申立書、意見書、補充意見書<省略>
申立人目録(一)、(二)、(三)<省略>
土地目録<省略>